Bittersweet in NZ

こんにちは、ウトです。家族とNZで暮らしています。移住して10年近くは、多くの怒りやフラストレーションを感じていましたが、おかげで行動・経験・学びができて、最近はおだやかな日々がとても増えています。いろんな変化の流れが強いので、大切なのは何か?ということにも向き合っていたい。ここには、体験や感じたことを言葉にしておきたくなった時に綴っています。 Thanks for being here.

助けを求めていい社会へ。「自分には関係ない」でいいの?

先日、ニュージーランドの
Jacinda Ardern ジャシンダ・アーダーン首相から、メッセージが届きました。
 
「子どもの貧困削減法案」が国会の第3読会で可決され
じきに、法律になるそうで
 
子どもの貧困を減らす社会づくりに向かっています。
 
 
私はわが子の毎日のランチ作りで、
ランチが足りないよその子に、あげられるように
いつも多めに持たせてきました。
小中学校と7年間くらいでしょうか。
 
ちなみに、住んでるところは小中高デシル10です。
 
Decile デシルというのは、政府機関がNZの公立の学校を
10段階で評価したもので、生徒の保護者の
  • 年収
  • 職種
  • 一部屋あたりの人数
  • 最終学歴
  • 収入サポートを受けてるかどうか
 
で、決められます。
 
一般的に学校のデシルは、裕福な家庭が多いと高くて
貧困な家庭が多いと低いと言われています。
でも、高いと必ず教育環境がいい、というわけではないですね。
 
うちは裕福じゃないけど、裕福層が多いはずのこの地域でも
お弁当を毎日しっかり持ってこれない子が、いつもいたんですよ。
 
気づいたのは、ある日お腹すかせないよう多めに作ったら
自分じゃなくて、ランチほとんど持ってきてない子がいたから、あげたと
子どもが教えてくれたからでした。
それはいかん!と続けることにした「多めランチ」。
 
それだけではないけれど、ずっとどこか胸を痛めながら
ニュージーランドで子育てをしてきているので
 
「子どもの貧困=家庭の貧困」という
根本的な現実に、やっとテコ入れできるのが
ジャシンダ同様、私も心から本当にうれしいです。
 
 
「子どもの貧困」を減らすことは、
NZ Labour党のずっと主張していた問題で
 
前・National党政権は、去年の総選挙の数週間前まで
子どもの貧困問題は存在しないと主張していました。
 
 
でも去年10月に、NZ Labour党主導政権が誕生してから
100日以内に法案が提出され、やっともうじき法律になります。
 
長年、経済政策を最優先にしすぎて
ゆとりのある一部国民に有利だった社会を
生活に苦しい国民にも恩恵が行き渡る社会にするには、時間がかかるし
社会的に苦しい人がみんな、一気に楽になるほど
それは、簡単なことじゃないけど。
 
それでも、助け合うことで慈悲深く、包容力のある社会づくりに
向かっていこうとしています。
 
 
子ども達が健康に育つ環境のための法整備は、
 
家族が十分に養っていけるよう経済面や生活面のサポートや
体の病気だけでなく、メンタルケアの医療サポートを増やしたり
学校や教師を増やしたり、教育制度の改善をしたり。
未来の世代のために自然環境を守ることまで、多方面に渡ります。
自然保護区域の採鉱やマイクロビーズも許可されません。
 
現在のNational党党首、サイモン・ブリッジが
以前環境大臣だった時に許可した
反対意見の多かった、油田・ガス探査削掘も、今後は許可されません。
 
そういえば、先日
彼が大臣だった時に、環境政策に反対していた
グリーンピース、Green党、IWI(部族)グループらに対して
グリーンピースに対しては、6年間もの間行われていたそう。
 
サイモン・ブリッジは、政権掌握のために
Green党に手を組もう、と図々しくラブコールを送っていたけど
無神経すぎる。。。
 
 
***
 
今年の10月に行われた、政党支持率の最新の世論調査。
 
 
NZ Labour 45%
National  43%
Green  7%
NZ First 5%
 
 
今回、NZ Labour党の支持率は、
去年まで9年間政権にあったNational党を上回りました。
 
でも、全然楽観できないです。
NZ Labour党メンバーとしては、
胃が痛いくらい、気が抜けない。
 
だって、まだ43%もNational党を支持する人が。
 
National党は、政権を握っていた9年間
経済最優先で国民の一部を優遇することで、貧富の差を拡大していった
責任があります。
福祉政策おざなりだったのに、まだまだ支持率が高いじゃないですか。
 
海外から移民をどんどん入れるのに
教育費削減で、教師の数はどんどん減って、負担だけ増えて
医療費削減で、治療が遅れたり受けられない病人が増えて。
住む家が足りないのに、まだ海外から移民をどんどん入れて
優遇した永住者を、党の支持者にすることで、支持層を固持して。
 
だから、「有権者の半分は、National支持」が揺るがないんです。
 
政権を握っていた9年もの間
ホームレス問題、住宅、教育現場、医療現場の危機
メンタルヘルス問題も「危機的状態ではない」と主張してきて
ちゃんと手を打ってこなかったのに。
 
 
圧倒的に教師が足りないし、生活に苦しむ国民が多い社会にした責任は?
こういう政党なのに、まだNational党を支持する人が 「43%」もいる。
 
National党を支持するということは、どんな理由であれ
ホームレスも、空腹でひもじい子供たちも
治療が受けられないで病気が悪化する患者も、
勉強がわからない生徒も、激務で十分に生徒全員に向き合えない教師たちも
泳げないほど汚染された河川も放置しながら
「クリーン・グリーン・ニュージーランド」ってを掲げつつ、進んでる環境破壊も
改善しないでほったらかしてきた政治を、社会を支持しているってことです。
 
私は、身近に精神を病んでいる若者がいるから
教師である夫の周りにも、精神的に苦しむ人が少なくないから
National政権のやってきた、ほったらかし政策は心底許せないのです。
人でなしですよ。本当に。
その人でなしに、権力を与える人たちも理解できません。
 
あるNational党支持者は、今年実際に
「貧乏な子供のことなんて、私には関係ない。」って
私に面と向かって平然と言い切りました。
でっかいボートが庭にある、でっかい自宅の前に立って。
 
自分たちが放置して悪化した問題を、
新政権が改善するための資金を、無駄使いと非難しながら
野党党首のサイモン・ブリッジは、3ヶ月超の演説外遊にリムジンに大金使って。
 
これは無駄使いじゃないの?
 
首相のジャシンダの外遊では、バンだったけど。
 
<自分(と自分のまわり)がよければ、いい。>
 
南青山に児童相談所が建設されることに、一部の住民が反対していますよね。
 
児童相談所じゃなくて
「青山ブランドの価値が下がる」って言ってる人の心が
青山ブランドの価値が下げてると思うんですけどね。
こういう住民の住んでる地域なんだなあ、って。
 
虐待を受けたりDVにあって、傷ついている子やお母さんを救う場を
地域社会の一員として、作りたくない人たち。
 
いつか自分や家族、友人、子孫が
虐待を受けたり精神を崩したり、生活が脅かされたりする状況に
おちいるかもしれないっていう、想像力がないんですよね。
 
夫の国のイギリスじゃ、ひどいことに
59人に1人がホームレスです。
 
困った状況になってしまうのが、自分かもしれないのです。
 
社会的強者だと思っている人とその身内が、
いつまでたっても何世代も、社会的強者であり続けるという
揺るぎない確信は、どこからくるのでしょうか?
 
想像力がないから、いつまでたっても他人事。
 
もう地域地域が、虐待だけにかかわらず
さまざまな現実問題を「自分ごと」として
直視して立ち向かわないと、未来はないんじゃないでしょうか。
 
 
偶然見つけた、田村勇人弁護士のブログの中に。
 
他人の子も自分の、自分が生きた社会を引き継いで自分を覚えていてくれる大切な存在と思えないのでしょうか。こういうときに感情に訴えかけて解決する政治家が欲しいです。
 
同じように思っていたので
そうだそうだ、とうなずきました。
 
先日亡くなった父がよく
「自分の子もよその子も、おんなじように可愛いもんだ。」と言ってました。
 
なんで、自分の子のように助けてあげようって思えないんでしょうね。
そういう人って想像力が足りなくて、思考停止してる感じです。
 
誰にでも起こりうることなのに
「自分には関係ない」と
苦しんでいる子やお母さんを、思いやりで手助けをして
包んであげる社会の一員になろうとしない人たちに
危機感を感じます。
 
でもこのことに関しては、日本では
「自分たちさえ良ければいい、温かみのない人」に
反対する人が多いようなので、ホッとしました。
 
 
 
でもここニュージーランドでは、繰り返しますが
「自分たちさえ良ければいい、福祉を軽視する政治」を支持する人が
今でも43%。
半数近くいるのです。有権者の、半分。いつもそうなんです。
 
リベラルだと「思われてる」ここニュージーランドで
半分の大人が、社会的弱者はほうっておいていいのだ、と
思っていることが、私は怖いです。
 
 
 
イギリスのメディア、INDEPENDENT インディペンデントを読んでいると。
 
 
ニュージーランドは、OECD加盟国の中でも
女性に対する性的・身体的暴力が多い国で
先進国中では家族間暴力の発生率はワースト1、なのだそうです。
 
NZでは、3人に1人の女性が、
パートナーから暴力を受けている。
 
そのうち助けを求めるのは、
暴力の被害者の20%、性犯罪の被害者の9%のみだと考えられるそう。
 
ジャシンダの率いる現政権では、前政権よりも家庭内暴力対策費を30%増やして
第一線の社会事業に4年間で7600万ドルを支出するそうです。
 
(これもNationalの政治家と支持者は、反対するの???)
 
ただし、ニュージーランドには
男性はタフであることを重んじる文化が根強くあって
その文化の中に女性の扱いが暴力的なことも含まれていることが、多々あるので
 
この根深い考え方を変えていくには、時間がかかるだろうということです。
 
 
ニュージーランドの数字が語るように、
暴力被害にあった人は、ほとんどが助けを呼んでいません。
 
だから、港区に児童相談所ができて
「助けて」って言いづらい人、言うのが怖い人が
人混みの中からフラッとでも、助けを求めに行ってくれたら
本当にいいことじゃないですか。
もっと逃げてきて。
 
 
大人たちが、子供達に伝えたい、残したい世界って?
 
「助けて」って言っていい社会を作れない大人たちは
 
苦しんでない人だけが、
一部の選民だけが生きていける社会を、残したいのでしょうか。
 
 
フランスの国民連合の政治家と、取り巻く支持者たちを取材した
AL JAZEELA アルジャジーラの潜入ルポを見てたら
 
やっぱりこんな考えの人たちが、大多数になったらいやだなあって。
「排斥」って言葉と考え方が、しょっちゅう出てきてて。
 
世界を見渡しても
「自分たちさえよければいい」が、少なくなくて
こみ上げるのは、怒り。
 
自分たち、に入ってない人たちは、どうなるの?
あなたの言う「自分たち」に、私は入っているの?
 
<一度しかない人生。
どういう社会で自分は生きていきたいのか、次の世代に残したいのか?>
 
ニュージーランドでは、移民であっても
永住権や市民権があったら、参政権があります。
 
ニュージーランドには、NZ LabourとNational、
政策の違う二大政党がありますが
 
こうだったらいいなという、社会づくりに移民でも参加できるのです。
 
だから、選挙権のある人は
この国がどういう国であったらいいか、
しっかり考えてみんな投票するべきだと、私は思います。
 
選挙権のない人たちの分のためにも。
 
選挙権のない人たちも、地域社会にとけ込んで
社会の一員になることで、できることいろいろありますよね。
 
できる範囲で、できることを。
 
「自分だけ良ければいい」感情って、しぶといから
 
「みんなが、自分とみんなのこと考える」社会にするには
努力したり、闘ったりしないと。
ぼーっとしてて自然には、ならないですよね。
 
だって、闘い続けてても
この国みたいに、半分は「苦しい人を助けたくない」で
占められちゃうんですから。
 
私の背中は、子供たちに見られているので
 
これからも、残していきたい社会のために
できることしていこう、と
 
強く確信する今日このごろなのでした。