Bittersweet in NZ

ウトです。(the) Melvins を聴きながら。NZの大学のイギリス人英語講師の奥さん目線 & NZ移住して3人の子育て後半戦に挑む奮闘記 & NZで元日本人雇用主の永住権取得と同時に不当解雇された体験記、息子のAPD(聴覚情報処理障害)との奮闘レポートなどなど。

子供を伸ばすのは「ことば遊び」か「脅し学習」か?

ニコニコと優しい笑顔で
今日も子供のダジャレやうんちくを延々と聞いている、ご家族のみなさん
 
ごくろうさまです(^^)
 

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よそのお家ではどうなのかな。
 
子供が、ダジャレやうんちくにハマる時期ってありませんでしたか?
 
母の横で、延々と毎日語り続けられる、ダジャレやうんちく。
 
私のトイレにまでついて来て話し続けるほど
わが家の3兄妹には、「あふれ出る言葉を止められない!」熱い時期がありました。
 
ピークは、10〜12歳頃でしょうか。
 
 
 
長男は、日本語でダジャレ。
次男は、英語でうんちく。
末娘は、英語でPun(ダジャレ)。
 
延々と聞き役、時にツッコミながら
どこで笑えばいいんだろう?
なんでそんなことに深く突っ込んでいくんだろう?
….などどたまに思いつつ、
あんまり長いのでボーッとなりながらも、止めることなく聞き続けました。
 
ごはんを作ってて危ない時なんかに、
やむを得ず「ちょっと待ってね」ということもありましたが
「で、それで?」とすぐに続けて言えるようにしていました。
 
ダジャレでもうんちくでも「ことば遊び」を考えて
表現するのは、すごく素晴らしいことだと思ったのです。
楽しんでるから、こっちも止めたらいかんぞ、っていう気持ちで。
 
こんなに気長にニコニコ聞いてあげられるのは、家では私しかいない。
子供たちが満足するまで、思いついたアイデアを表に出させないと
子供たちのストレスは溜まってしまう!と思いました。
 
だって、子供たちは毎日ニコニコイキイキしながら
時には、自分の話に大爆笑しながら話し続けてました。
 
それが数年続こうとも、誰が止めることができるでしょう?
 
***
 

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さすがにシリーズ全巻は、そろえられなかったね。
 
長男は、ダジャレピーク時には日本で暮らしていたので
当時の子供たちに大人気だった(今もそうかな?)
 
「かいけつゾロリシリーズ」の洗礼を受けて育ちました。
 
それはそれはすっかりハマるほどの面白さで、創意工夫にあふれてて
作者の原ゆたか先生は
「本にかじりついて読む楽しさ」を子供達に植えつけてくれました。
 
アニメでは、ゾロリはもちろん、
イシシとノシシもイメージぴったりの声だったので
親子みんなで楽しく観ていました。
 
あと、「にほんごであそぼ」や「ピタゴラスイッチ」。
特に「仮面ライダー」シリーズは、確実に息子2人の心の財産。
仮面ライダーの影響力は、なんか、すごい根付いてる。
日本で育ったのを誇りに思う、子供たちです。
 
かいけつゾロリでのダジャレは「おやじギャグ」なので
長男はニッコニコの笑顔で、延々とおやじギャグ。
 
次男は、好きなもの気になるものへの、熱いうんちくが。
 
でも、一番強烈なのは末娘のダジャレ。
Pun Queen として高校入ったらダジャレクラブ作れば?と勧めたけど
ティーンになって、ちょっとは恥じらいもあるらしく、作りませんが。
家だけでは飽き足らず、学校でも友人たちを悶絶させているようです。
 
もうそろそろ冷めてもいい頃なのに
食卓でも続く、ダジャレ熱。
悶絶しながら夫が、(打ち負かして、落ち着いて夕食を食べようと)
さらに上をいくダジャレを連発するので
火に油を注いで、未だ消える気配はありません。
加えて、最近は「私の主張」も(^^;)
 
 
NZに移住した時3歳だった娘は、幼稚園で日本人のお友達がいたのですが
そのお友達が日本に帰国したとたんに、英語が上達しました。
 
小学校のYear2(6歳)には、
毎日お話を作っては、クラスで発表するくらいになっていました。
先生がお話を冊子にして、小学校の図書館に置いてくれました。
 
とにかくお話作りが大好きで、
スキあらば兄ちゃんたちのお古のノートにも、たくさんたくさんお話を書いていて
自分でゲラゲラ笑っていました。
 
毎日の中で見つけた新しい言葉も想像力をかき立てて、新しいお話がまたできます。
それが親が読んでもびっくりするくらい、いいものを書いているので
「いいねえ、おもしろいねえ!そんで次はどうなるんだろうね。」
 
楽しく書いているうちに、小学校高学年になり
ナショナル・スタンダード(もうすぐなくなる)によると
読み書きは高校生のレベルになっていました。
 
その時Year 4・5の混合クラスだったので
(飽きないように)勉強にチャレンジできる1年間にしてほしいと、
先生とも話し合ったけど、やっぱり年の終わりには
「この一年、学校であんまり学んだことなかった。」と娘は物足りなさそうでした。
 
NZの小学校には、学年の違う混合クラスが時々あります。
夫も私も反対で当初不満だったんですが、同じクラスのNZerママによると
子供の時、混合クラスだったけど別に問題がなかったそうなので
そのまま居させてみることに。
 
でも一年終わってみたら、娘自身が成長を感じれてなくて。
いい先生なんだけど、忙しくて
いろんなレベルをみきれてなかったと思うんですよね。
一番上のレベルの英語グループにいても、
難しい単語を覚えて例文を作るだけでは、娘には全然物足りなかったんです。
もっとそれ以上の刺激が必要だった。
 
その反動か、家で自分で難しい単語を使ってお話を書いたり
ダジャレにしてたので、フォローに気を配っていました。
 
 
<お父さん先生だから、勉強教えてもらっていいよね。>
 
と、よく言われるけど、うちではそんなことはありません。
 
もちろんお父さんのほうは、学年が上がるにつれて難しくなっていく
子供たちの英語の勉強を見てあげたい気、満々。
 
でも息子たちは、お父さんから勉強教わりたくありませんでした。頑として。
高等教育の、アカデミック英語の現役教師であるお父さんから
学ぼうとしませんでした。
よその人はお金払って教わりに来てるのに
家にプロがいるんだよ、もったいないよ〜!と説得しても全然ダメで。
なんでだろう、「息子としての意地」なのかな?
 
次男は聴覚情報処理障害(APD)があって、
耳の聞こえが良くないので、書く力が少し弱かったのですが
(そのためディスレクシアと間違えられやすい)
今年から脳トレーニングを始めたおかげで、
自信がついて、学力も伸びました。
 
日本でも「寛容な社会を」と言われていますよね。
でも私は、ここニュージーランドの地で
「寛容な社会への全体的な変化」をあまり期待はしてないんです。
そのころは、次男じーさんかも知れないし。
彼のこれから出会う人々すべてに、APDを理解してもらうのは難しい。
 
だって、もう「何?その反応、牛?」な人いるじゃないですか。
だから他人変えるより、変わりたがっている本人変えたほうが早いなと。
 
それに、これからの人生で次男と関わっていく人たちに
「聴覚情報処理障害」という症状によって
かけてしまう迷惑を、なるべく減らしたい、と思っていて。
 
困らせたり、
悩ませたり、
次男とつきあうの面倒くさいなぁとか
せっかく優しい子なのに、障害で曇らせたくない。
改善できるのなら、親として、最善を尽くす。
 
それで、現NZ首相に話をしに、母は会いに行ったのです。
障害克服は、次男の強い希望でもあったので
社会に出て自立できるようにと
障害改善につながる、脳トレーニングをしています。
 
さらに、父親からのアドバイスなしで、
英語力重視のテストでいい結果を出せたことが、次男に火をつけました。
高校からは、スケジュール管理のサポートも親がするように言われているのに
それも拒否して、次々とテストに向かっているようです。
 
こんな風に、勉強を教えようとするとスルーする息子たちには
多分、父親との日々の会話やディスカッションの積み重ねが
学力につながってるんじゃないかな?と思うんです。
 
勉強は教えてないけど、言葉の刺激は浴びている。
 
政治、社会情勢、宗教、差別とかの討論を、日々の家庭の中で。
 
 
この前も、
次男がお父さんと、政治と社会問題のディスカッション。
「聞き捨てならない」とボッと火のつく次男。
 
お母さんは、中立でいたいので、黙って聞いてます。
 
聞いてると、なかなかいい討論するんですね。次男。
大きくなったなぁ、と噛みしめつつ。
 
聴覚障害で、普段は聞き間違えがあるのに
「打倒、オヤジ」に燃えてるからか、聞き間違えがなくて
脱線しそうになる父親を、論点に引きずり戻して。
 
いつもの聞き間違えが出ないって、キミどういうことだね?
「負けるか、チクショー!」の威力のすごさかも。
 
討論は夜遅くまで続くので
夜更かしできないおかんは、先に寝ます。
そして次の日に、私の意見や良かったとこを息子と話します。
 
長男との討論は、穏やかだけど
次男は負けるかと、燃えるみたいで。
次男の方が、小さかった頃お父さんっ子だったのに、不思議。
 
でも夫はやっと、
娘と言葉や文学の楽しさを分かち合えるので、うれしそうです。
この前も、お互いに好きな詩の一節や表現方法を熱く語り合っていました。
こちらも夜遅く続くので、脱落したおかんは先に寝ます。
 
 
なんでもない日の、夜ごはん前にも
夫と次男と末娘が、バカ話をしてゲラゲラ大笑い。
ことば遊びなんだけども、レベルが高い。
高度なやりとりでも、よそ様には聞かせられない恥ずかしいバカバカしさ。
 
ダジャレ、うんちく、お話作り、兄妹の言い合いに
ディスカッションや、バカ話。
夫の専門知識を、直接には教えてなくても
日々のことば遊びで、子供たちの言葉力は育っていっているようです。
 
根底にあるのは、発したい情熱。
 
 
<“ Why Asian parents are annoying.”  アジア人の親が、ムカつく理由。>
 
これは、先日の娘のクラスであったスピーチ発表で
娘のアジア人友達の、スピーチ・タイトルです。
 
先生は、彼女のこのスピーチに「優・Excellent」をあげたそうです。
 
その友達によると。
 
アジア人の親のムカつくところ:
 
  • よそのできる子と自分の子を比べて、なんであの子みたいにできるようにならないのか?と責める。
  • ネット学習など、競い合う学習で点数を稼がないと怒る。
  • 親自身の英語力は大して上達していないのに、子供の英語が下手だと怒ったりイヤミを言う。
  • 「〇〇できないと、アレする(アレしない)」と脅す。
 
発表したら、
「その通り!」「うちもそう〜!」「アジア人の親だけじゃないよ!」と
クラス中から声が上がったそうです。
 
その日の娘は、少なからずショックを受けて帰ってきました。
親からそんなことされてる友達が、こんなに多くいるの?って。
 
 
兄ちゃんたちの友達の話から、暴言や重苦しいプレッシャーをかける
嫌な親の存在は聞いていましたが
(出来が悪いと軍隊トレ、可愛がってるペットを捨てに行くと言うとか、いろいろ。
親から逃げて来たい友達は、いつでもうちに連れて来るようにと
息子たちには言っていた。)
自分の仲よしの中にも、親から締めつけを受けている子がいることが
ショックだったようです。
 
「優・Excellent」を取り続けないと、国に帰るよ!と脅されてたり
(だからこの子はいつも必死)
アジア人・非アジア人の両親を持つ子も、アジア人の親の方がとても厳しくて
いい成績出さないと怒られるから、そこがキライなんだそうです。
 
親はきつく言ってるだけのつもりかもしれなけど
子供たちは「脅し」と思って、聞いたクラスメートも一緒に心配します。
 
夫の生徒にもいました。超有名校で、もうクラス一なのに
学年一になるまで英語特訓してくれっていう親が。
その生徒は、いじめをする子でした。
いじめられた子の親が、レッスン中に怒鳴り込んできたのです。
同じ国の大人同士の、嫉妬まみれの競争心は子供にも伝わります。
 
 
ちなみに、
家庭の中で私は、子供たちとは
それぞれが気持ちを十分に表現できるほうの言葉で、話します。
私はどちらで受け止められるから
英語でも日本語でもどっちでもいいんです。
その時、子供が気持ちを溜めないで出せるほうで。
これは、イギリスと日本両方の家族だからとできることかもしれないけど。
 
まず、子供の気持ちが大事
基軸言語を確立することが、最優先です。
いろんな家庭で、それぞれ意見があるでしょうが
うちでは、そういう訳で現在ほぼ英語です。
 
日本語もできる長男以外の日本語は、それぞれの気分が乗ってる時でいいかな。
 
子供時代の言語習得が、親の脅しやプレッシャーによる怯えで
つき動かされてるなんて、あんまりだと思いませんか?
 
バカ笑いや「負けるかー」でも、いい感じに伸びていくのに。
 
そこが親の工夫のしどころだし、
チャレンジしがいのある大事な部分だと思っています。
 
***
 
小学校のうちは、まだ周りについていけてるかな?と
親も思えることが多いと思うけど
高校5年間の中ごろに、追いつけていないことがわかると
かなり心配になるようです。相談を聞いてると。
 
この頃には、英語がかなり難しくなってくるので
友達同士での会話レベルだけで安心していると
難しい言葉を「正しく使う」ことが身につきません。
 
もし、生き抜くために今後も「学力」をつけていくのであれば
子供の「吸収したい」をこちょこちょ刺激して(決して押し付けじゃない)
「吸収したい思いに『吸収されるもの』探し」を手伝ってあげたらどうでしょう?
 
高校の先生たちは、忙しすぎて
一人ひとり生徒の言葉を、修正することはできません。
ニュージーランドで長年育っても、
難しい言葉を「正しく使う」ことが、大人になっても
修士や博士という人でも、できていない人がとても多いのだそうです。
 
だから、学校任せじゃなくて
「正しく使えるように」ちょくちょく直してあげられる
親か大人の力がそばに必要だと思うのです。
困ってる生徒たち見てると、このちょくちょく直してくれる
「いいお手本」がそばにいなかったみたい。
そういうのって、少しずつ積み重ねていくものだから。
 
子供の英語力が思うように伸びてないと
子供を疑ったり、責める親御さんが、いつもいます。
NZで10年見てるけど、全然減らない。
海外で暮らしているんだから、
親がまず、自分の英語上達させようという姿勢を見せるのが
筋じゃないでしょうか。
親がんばってないのに、子供だってがんばれない。
 
 
夫の生徒が、最近も
愚痴を通り越した、親への恨み節を話してくれました。
家の中は、親の母国語のみで英語環境になかったそうです。
長く過ごす家庭内では、母国の言葉と考え方を「強いられて」
英語力を豊かにする場では決してなかったといいます。
 
夫は、親子関係については、何もできないけれど
生徒の英語力を高めることで、自信と自己肯定感を高めることはできます。
 
ニュージーランドの
小学校5年間(最初の一年目は幼稚園の延長だから抜かすとして)と
高校の5年間比べたら、高校の方があっという間に過ぎちゃいます。
学校に任せっきりにしてると、わけわからないまま
子供の強みはどこだかもわからないまま
あっという間に過ぎちゃいます。
 
学校任せにしてなくたって、こういう予想外も起きます。
 
生徒たちから
絶えず聞かされる「親ムカつく」の苦々しさ。
聞くほうは、いいんです。嫌なことは吐き出したほうがいいから。
 
もう大きくなった生徒は、親に話してもわからないから
本心は隠して親に接してるんだそうです。
 
でも、大人はせっかく
家族のこれからを考えて移住してきたのだろうし
本当は、子どもにそんな風に思われている
なんていうのは、淋しいしイヤだろうな。
 
文句の数々を聞いていると、成長した子供たちに同情するのと同時に
同じ親として、こうなる前に
「想像力働かして」なんとかできなかったのかなあって、もどかしくて。
 
海外で育っても、その子の良さを十分活かす力がつかないで
「生きづらい」と悩んで
大人になってる人、たくさんいるのに
育てる側が、現実見ないで「成功例」ばかり見てる。
 
ある先生が以前、夫に(日本人妻がいることは知らず)愚痴ってました。
「日本人の親は、ファンタジーの世界で暮らしてるのよ。」
 
それ聞いて、なんで日本人?っていうか、言い返してよ!と夫に文句言ったけど
そういう風に見てる教師もいるってことです。
 
生きづらさは、どこにいても起こり得るし
国が変われば、バラ色になるとは限らない。
 
うちは、子供が生まれる前から
日本と海外半分づつの子育てを、決めていました。
基軸言語としての英語には、プロの夫がいるから
なんとかするはずだ、と思って。
 
英語以外の母国語メインの家庭だと、英語力への刺激はかなりの工夫がいるけど
それは移住を決めた時点で、親がわかっている現実だから
それ相当の対策練って、日々実行してるはずなんですよね。
 
子供の成長、待ったなしだから。
それぞれの家庭に合ったやり方を、自分たちで工夫して。
 
 
とにかく。
自分の子おびえさせて勉強させるなんて、どういう親なの?
正直、飛んでってスリッパで後頭部パコーンとはたきに行きたい。
何年たっても、
未だに、当然のようにアジア人家庭で起きてるって、どういうこと??
 
 
子に伸びてもらいたかったら
親がまず、進化・成長する。
 
情熱の促進力のほうが、なんたって気分いいし
強いのだ。と信じたい。