Bittersweet in NZ

(the) Melvins を聴きながら。NZの大学のイギリス人英語講師の奥さん目線 & NZ移住して3人の子育て後半戦に挑む奮闘記 & NZで元日本人雇用主の永住権取得と同時に不当解雇された体験記、息子のAPD(聴覚情報処理障害)との奮闘レポートなどなど。

外国育ちの子供の中の、日本。

 
ただ単に「海外で育つ」というよりは
 
親の話す言葉とも文化とも違う環境で
よその国「外国」で育つ子供にどんな風に「母国」を伝えていますか?
 
そして「外国」と「母国」のバランスってどれくらいですか?
 
 
 
この前、ある中国人パパのMさんとおしゃべりしてました。
 
同じ中国人の奥さんとの間に小さい子供が2人。
ニュージーランドに来て4年目とのこと。
 
 
Mさん曰く、中国人コミュニティーの子育て世代は
「NZで子育てをしていく上で、中国人らしさをどうやって育てていくか?」
 
ということが一番の関心事で心配のタネなんだそうです。
 
なので、Mさん一家は休みのたびになるべく子供を中国に連れて帰っています。
 

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そう、そうだよねえ。
それは、私たちも子どもが生まれる前からすごく考えてたのです。
 
わが家は、親の生き方で(ある意味身勝手とも言える)人種の違う同士なので
「子供には、日本とイギリスの両方で育って、両方の文化を知る権利がある。」と
子供を持つ前から、強く私は思っていて、それに夫も同意してくれました。
 
夫婦が中国人同士や日本人同士だったら、家庭内ではその国の言葉を話して
「母国の心」みたいなものが伝えられるかもしれないけど
 
親がイギリス人と日本人のわが家では、
私1人ではとてもとても、伝えたい日本が子供たちに伝えきれない。
 
伝えるには、日本の土地や風情や、育んでくれる人々と環境が必要でした。
 
だから、子供たちが小さいうちは夫の強い希望もあって、
日本で育てました。
 
豊かで独特な、日本の美徳や文化や情景を
 
繊細な子供の心の奥に、ていねいに種を埋めるように。
 
 
 
日本で育ててよかったと思うのは、
 
まず第一に子供たち、特にお兄ちゃんたち2人が
「日本で育ったことを誇りに思っている」ことです。
 
 
そしてもちろん
おじいおばあには、孫たちのやんちゃ盛りをかわいがってもらえたし
なにしろ、友だち、子育て仲間、ご近所や幼稚園学校がものすごくよかった。
 
感謝してもしきれないほど、最高に恵まれた子育て環境でした。
 
日本での子育ては、私たち夫婦の「かけがいのない宝もの」で、
とにかく濃い経験でした。
 
NZの子育ては幼稚園から小中高大学までしてきたけども、日本のと比べたら
とにかく、あっけない。薄い。
よその家庭では違うかもしれないけど、うちではそうです。
 
 
 
Mさん一家は、子供が幼いうちからNZ育ちで
 
それぞれの家庭で家族のあり方があるので、子育てに正解はないと思うから
(子どもが不幸な間違った子育てはあっても)
自分たちに合う家族のあり方を模索していくのがいいよねって話をしました。
 
っていうか、そうするしかないよねって。
 
 
 
「中国人らしく」を大切にするあまりに
中国語はネイティブレベルだけど、英語は中途半端、でもいい?
 
たぶん違いますよね。
 
国際結婚した人の間では、子供の言葉がどっちつかずにならないように
「中途半端にならないように育てる」っていうのはもう常識というくらい大事なこと。
 
セミリンガルとかダブルリミテッド、っていう
呼び名のニュアンスはさておき
 
「中途半端でつらい」「どっちの国にも属せない自分がつらい」と
打ち明ける生徒たちの悩みの存在が、少なくないことを知っています。
 
 
意思疎通以上の「完璧なバイリンガル」、
「英語もネイティブのアカデミックレベルで、中国語もネイティブレベル」
 
っていうのを親は子供に求めるかもしれないけど、
それってとても難しいことらしいです。
 
できる人もいるけど。
できない人の方をたくさん見てきました。
サクセスストーリーばっかり見て、自分の子もそうなると信じてるみたいで。
 
 
「英語はネイティブのアカデミックレベルで、親とは中国語では意思疎通ができるレベル」ってのはどうでしょう?
 
 
 
フランスで暮らす、作家の辻仁成さんが
周りのバイリンガルの「一つの言語に基軸を置くことが大事」という意見を聞いて
 
家庭内で親子の会話は日本語だそうですが、息子さんの基軸言語はフランス語なので
大学を出るまでは日本に移れない、という記事を目にしました。
 
息子さんは純日本人であっても
「自分の能力をより強く表現できる言語」としてフランス語を選んだことを
辻さんが親として、尊重しているのが素敵だなと思いました。
 
バイリンガルかどうかということよりも
「自分の能力を思う存分、より強く表現できる『基軸言語』を身につける。」
ことの方が、大切だと私も思っていて。
 
だから3人の子供の「日本の部分」は3人3様です。
 
 
ノーベル文学賞を受賞した、小説家のカズオ・イシグロさんも
日本語を話す日本人のご両親のもとで育って、
 
5歳でイギリスに移住したので、親と話す時は
5歳児の話す日本語だとインタビューに答えていましたが
 
カズオさんの中の、イギリスと日本のバランスも
おそらくご本人の意思ではないでしょうか。
 
その繊細なバランスが、類まれな表現力につながっているんじゃないかと。
 
 
異国で育つわが子にも、いろんな人の心にも
それぞれ日本の種があるんだけど、どう育てていくかは、本人が決めたらいい。
 
 
 
だけど子供の意思とは別のところで
完璧なバイリンガルになることを勝手に求めて
なれなかったら、罪悪感や劣等感を持たせる親が当たり前のようにいるのは
どうしてか。
 
親自身はほとんどの場合、完璧なバイリンガルじゃないのに。
 
Mさんには「〇〇人らしく」を大切にするあまりに、
子供を支配して、いいとこ伸ばしどころか足引っ張る大人に
ならないでほしいなって思いました。いっぱいいるのでね。ここには。
 
 
 
さらにMさんは、息子が内向的で
幼稚園の時から小学校低学年の今も
同じ中国人の友だち1人としか遊べなくて、
 
Mさんも、家族ぐるみで交流できるのがその一家族しかなくて
そこも困っているそうで。
 
でもMさんはこうして英語で私と、初対面なのに悩みを打ち明けるほど話せるので
 
子供が、っていうより
親がまず中国人以外の人と楽しんでて
それを見せるのがいいんじゃないかな。
 
なんだか、楽しそうなお父さんを。
 
優しい子になってほしかったら、大人がまず親切にしているのを見せて
勉強好きだったら、親が率先して学んでその姿を見せるように。
 
ありきたりのことだけど、わかっているのに
けっこう実行できてないなあ、って思うことあるんです。
海外暮らしで10年20年経っても、英語で意思疎通ができない親
いっぱいいますしね。
 
 
以前、NZ育ちなのに読み書きの力が弱いっていう子のお父さんがいて、
厳しい人だったんだけど
 
ある日、たまたまその子の妹が、わが家の本棚を見て
「うわー!!こんなにたくさん本がある家、見たことない!」って。
 
それ聞いて「ありゃ〜。お父さん、子供に勉強勉強ってキツく当たるけど
自分が本読んでないんじゃダメだよ。。。」ってつい、心の中で小さく叫びました。
 
 
子供の成長を心配するMさんは
心配する気持ちはよくわかるけども、心配は子供にも伝染るから
 
同じ伝わるなら、おもしろがってる、を伝えたほうがいいよって。暗いのはまずい。
 
Mさん真面目な人で、なんだかシュンとしてたので
また私をつかまえてお話聞かせてね、と。
 
そしたら後日、
近所の南アフリカン一家を休日BBQに招待したそうで、とても喜んでいました。
 
少しずつでいいから、楽しく溶け込もう。
 
 
でないと、こんなことが…..
 
十数年とNZに溶け込まないままの親に対して
いろいろあって、堪忍袋が切れたNZ育ちの子の反乱。
 
そしてその子の友として加勢する、正義感の強いわが息子。
 
そしてなぜか、成り行きで巻き込まれる私…..
 
息子よ、ママは巻き込まないでくれ。